Home    戻る




2008年夏・山形滞在記


* * *


7月23日から9月11日まで、筆者は山形県山形市に滞在。

「滞在記」などというと、読者の方々に、
滞在中、色々な出来事があって、それについて書かれたページ、
…という印象を与えてしまうかもしれないが、
実際には、1日3回、朝・昼・夕、
同じ時刻に同じ場所に行く日々の繰り返し。

…というより、その繰り返しをするために、
この夏を山形で過ごすことにしたのである。

そのため、このページでご紹介するのは、
ささやかな「お出掛け」の記録である。



こちらは幸町にある「庄司屋」さん。

山形で一番古い蕎麦店だそうだ。

筆者が注文したのは、
しっかりした田舎蕎麦と真っ白な更科の相盛。



更科の白さには、
ちょっと感動してしまった。

透けるような白さ。

極細で、口に入れたときの
繊細で、素朴な食感も良い。

ご馳走様でした。



しばらく日を空けて、2番目に訪れた蕎麦店が、こちら(↓)。






「羽前屋」さんである。
道路に面したところではなく、細い通路の先に入口があるため、
この場所にこの店があることを予め知っている人でないと
見つけ辛いかもしれない。



こちらで注文したのは
「羽前盛」。1.5人前。

いつも1人前では少々物足りないが
「大盛り」を頼む勇気もない筆者には、
ちょっと嬉しい存在である。

値段も良心的。この味と量で800円。

店の雰囲気も庶民的で良い。

庭や通路の植物は、随分
手を入れてある。お店のご主人、
植物好きの御方なんだろうなあ…



太打ちの麺で
素朴でしっかりとした味。

蕎麦湯も濃厚で美味。
胡瓜と茗荷の漬物も
美味しかった。

茗荷の漬物って、蕎麦と合うなあ…
と感心した筆者は、自宅で
茗荷の漬物づくりに挑んでいる。




さて、次にご紹介するのは、焼き物で有名な平清水。

山形駅周辺は、さすがに県庁所在地だけあって、
商店が立ち並びにぎやかだが、
駅からバスで15分ほどいったところにあるこの平清水は、
山の麓の静かで品の良い住宅地、といった感じだった。



バスを降りて、「青龍窯」に向かう途中で撮った写真。
豊かさとのどかさが一緒にあるような土地。







こちらが「青龍窯」。
山形駅のプラットフォームを改札に向かって進むと、
こちらの窯の焼き物がショーケースの中に入っているのが目に入る。
品良く、素朴な色合いが気に入って、
できれば滞在中に一度は訪れたいと思っていた。。






左と上の2枚は、建物内部。
左は「残雪」や「梨青瓷」など、この窯を代表する陶器たち。
上は窯元のこだわりを感じられる作品たち。


平清水には、
こちらの青龍窯をはじめ、3軒の窯元がある。
つい数年前まで4軒あったが、1軒は静岡に移られたとのこと。
青龍窯の若奥さんのお話によると、
幕末から明治にかけてこの地には40軒ほどの窯元が
存在していたという。
ところが鉄道の普及で山形県内外の物資が
容易に入ってくるようになって、
その数は激減してしまったそうだ。

平清水は千歳山の南麓に位置し、
この地で活躍する窯元は、この山の土を用いる。
鉄分が多く、その性質を活かして
やさしく、穏やかな佇まいの器が生み出されている。











下の写真は、1ヵ月半の間毎日通った施設である。





なんとなく、「…病院?」と察していただけるだろうか?
そのとおり、病院である。

だが、建物の周囲が豊かな緑で囲まれていたおかげで、
すがすがしい緑のにおいに包まれて1日3回の往復の日々。






下の写真が、この病院で知り合ったご夫婦である。

強い愛情と信頼で結びついたご夫婦。





筆者の父が長期入院する羽目になったとき、
筆者の母は毎日、往復2時間かけて
入院先の病院に通っていた。
筆者も、仕事の帰りや仕事のない日に、
週3回ほど顔を出した。
そのたびに、黙ってそっぽを向いてテレビを見続ける父と、
ただひたすら父のベッドの脇に座り続ける母を見て、
夫婦って不思議なもんだ、と思ったものだ。

何ヶ月の入院だったろう。
結局母はその間、2〜3日を除いて毎日通い続けた。
いつもは母を小馬鹿にしている筆者だが、
その時だけは、ほんの少し見直した。

上の写真の奥さんも、毎日通い続けている。
少しでもご主人が快適に過ごせるよう、あれこれ考え、
足のむくみが強い時には懸命にマッサージ。
その献身ぶりに、筆者はジーンときた。

病気の本人が辛いのはもちろんだが、
それを傍で見ている人も辛い。
なんと言葉をかければよいのか分からないこともしばしばである。

辛いなら会いに行かない方が良い、と
合理的な人は思うかもしれない。
「可哀相で、とても会いにいけない」。
そう言って会いに行かないのが一番楽である。
精神的にも、身体的にも。

しかし、この奥さんも、筆者も、
多分筆者の母親も、
どうもそう割り切ることができず、
心配で心配で、とにかく会わずにはいられないのだ。
ほんの少しでも、つらい入院生活が快適になるように、
出来るだけのことをしたい、
そのためにも傍にいたい、と。


病人も十人十色だろうから、
まったく一人ぼっちの方が良いと思う人もいるかもしれない。

だが、社会から隔離された状態では、
自分の存在意義に不安を覚える人もいるだろう。
多くの患者は、
家族が、友人が、自分を思って足を運んでくれるのを、
待っているのではないだろうか。


上の写真は、この夏1番のお気に入りである。
ご主人の、信頼しきった笑顔も印象的。
最初にお見かけした時から、素敵なご夫婦だな〜…と、惚れてしまった。

病室での写真を撮らせてほしいと切り出すのは勇気が必要だったが、
近い将来、「こんな時もあったよね〜」と、笑ってお二人が思い出せるよう、
その日のために。



(2008年9月16日)


Home   戻る