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庄内散策

その1

黒川・月山・出羽三山神社





「庄内散策」ページでは、荘内神社例大祭の滞在時に撮影した、
黒川やその他の場所の人やもの、
そして初めて見た「松山能」をご紹介。


まずは、黒川から。


お盆の時期の黒川、きれいです。







下の写真は、よくお邪魔する御宅にて。
子供とスイカ、夏休みの定番写真。







この子は現在2歳。
2011年の王祇祭で大地踏を行う予定。
かなりの乱暴者だけど、記憶力と音感は抜群!
先が楽しみ。




まだ赤ちゃんの弟くんは、
赤ちゃんながら独立心に富んでいて、
あれこれオモチャを引張り出してきては、
一人で遊ぶ。お兄ちゃんの方が甘えっ子。

子供は見ていて飽きない。
ついつい、筆者も本気で遊んでしまう。








おばあちゃんと一緒に、近所をお散歩。







お盆の頃の、稲の様子。
「盆過ぎると、黄色くなってくるんだや」と言ってたっけ…。
確かにその通り、少し黄色くなってきている。
今年は、でも、あまり夏らしい日照りや暑さがなかったから、
実りの時期も、少し遅くなるのかなあ…



* * * * *



黒川の次は、
前から一度は登ってみたいと思っていた月山。

月山八合目行きのバスに乗ると、
運転手さんのすぐ後ろの席に、
黄色い帽子をかぶった可愛いおじさんが、
ちんまりと座っている。
やけに身軽だけど、この人も登るのかなあ…と、
一瞬いぶかる筆者。

バスが山道を登り始めて、おじさんの存在理由が分かる。
乗客ではなく、「誘導おじさん」だったのだ。







狭い山道で、上の写真のように、
バスとバスが、或いはバスと乗用車が、頻繁にはちあわせになる。

どちらか一方が、かなり長い距離をバックする羽目に。

おじさんはその時、笛を吹きつつ懸命に誘導。

前進しては戻り、前進しては戻りを繰り返し、
バスは徐々に、かなり高いところへ…

「しまった…よく考えもせずに、はやまったことをしたかも…」

筆者は高所恐怖症。
1000mを越える山に登ったことはない。

視界がひらけ、下界がバーッと見えると、
心の中で「ひゃー…!」と恐怖の悲鳴を上げる。
ついつい、右手でカメラを抱きかかえ、
左手で前席についている手すりをギュッと握りしめる。

……

やっと八合目に到着。







パノラミック・ヴュー!
でも筆者は恐くて、この写真の人の所までは行けない…。

こんなに天国に近いところに来たのは初めてだー!







良い天気に恵まれ、
高さを感じない場所にいる限り、気分爽快!



(↑)歩き始めの部分は湿地で、
小学生の頃よく行った、尾瀬ヶ原を思い出す。
上の写真のように、あちこちに池というか、沼というか、
水たまりがある。

登山道は、ゴツゴツした岩の続く坂道。(→)




「やっぱり、はやまったかな…」
運動不足の身には、かなり堪えた…。
右上の写真の坂道を登り、しばらくした頃から、
写真を撮る余裕はなくなり、
いつもは世界で三番目くらいにいとおしい
ニコちゃんが、
ただただ重苦しい邪魔者に感じられた。

フーッ、しんどかった。

八合目に到着した時間が遅かったし、
最後に鶴岡に戻るバスは4:00出発ということだったので、
頂上(1984m)までは行かずに途中で引き返したけれど、
まあ、良い運動にはなったかな…

あとで聞いたところでは、
頂上には山小屋もあるとのこと。
なーんだ、それなら時間を気にすることもなかったなぁ…



こちらは、帰り道に湿地で撮った写真。
空の青と、雲の白が、水に映ってきれい。

リンドウの青も、爽やか。



…などとのん気に写真を撮っていると、
いきなり霧が発生。






(↑)霧の中に消えていく人々。
…どこに「人々」がいるか、分かるでしょうか?

あんなに良い天気だったのに!
やっぱり山の天気は変わりやすいものだ。






月山神社の中の宮。
本宮は頂上に。

このあたりの湿地は、賽の河原とも呼ばれるらしい。
確かに、霧の中に消えていく人影など見ていると、
この世のものなのか、あの世のものなのか、分からなくなる。

筆者も今回は、山登りがしたかったというより、
弔いの気持ちで、というか、
あまりにも感傷的と笑われるかもしれないが、
夢幻でもいいから、亡くなった人に
会いたいという気持ちでやってきた。



白い、きれいな蛾。

やけに人懐こくて、
花と筆者の間を
行き来していた。




放射状に、勢いよく。

花火みたい。

汗まみれになって
しんどい一日
だったけれど、
緑に包まれて、
天国に近いところで
過ごせた一日だった。




月山での散策の翌日には、
山伏や修験道について書かれた本や資料を探しに、
出羽三山神社へ。







お馴染みの、出羽三山神社の「東照宮」。
花祭の時には、ここで黒川能の奉納がある。

筆者が初めてここで黒川能を撮影したのは、2005年。

この時、『吉野天人』の遠藤秀隆さんが
とてもきれいに撮れて(自画自賛…)、
今でもその写真は筆者のお気に入りの一つ。

うまい具合に日の光が入ってくれて、
まるで夢の世界(…と自分では思っている)。





(↑)この写真です。


無心で撮影していると、
里女の装束からポロシャツ姿に戻った釼持一男さんが、
満面の笑みで、声をかけに来てくれた。


なつかしい。

あれからたった4年しか経っていないなんて、信じられない。



(↑)出羽三山神社の博物館内。巨大な絵馬。

おや!こんなものが!(→)
花祭とは別に、薪能で来たこともあったんですね。
黒川能、大活躍。








上の写真は、大黒天立像。
顔が三つもついて、少々不気味…。

室町から江戸初期にかけてのものだそうで、
三つの顔は、
向かって左が毘沙門天(ガラスの反射で少々見づらいけれど…)
中央が大黒天、
右が弁財天であるとのこと。

大黒天は七福神の一人だが、もともとはインドのシヴァ神。

世界のあちこちの国の神話や神様の話など
読んだり聞いたりすると、
不思議なくらい、似かよっているものがある。
今でこそ、それぞれの国は独自のアイデンティティを主張するが、
人間の文明の源をたどっていくと、
一つなのではないかという気になってくる…



   



山伏人形と、山伏のポンポン。
正式名称は「結袈裟」で、六つのポンポンは「梵天房」。
袈裟には色々な意味があり、
魔鬼が恐れて近づかない、清浄を保つ、などなど。







これこれ!(↑)
最初に出羽三山神社に来た時から気になっていたんです!
羽黒山麓の民家にかかっている不思議なもの。

「引き綱」というもので、悪魔退散・火防せの守り神だそうだ。







出羽三山神社。
写真左手の、緑が茂っているところが鏡池。
この池から古代の鏡がたくさん出土している。

古代からの祈りを秘めた神社。

あれこれ本を見させて頂き、
その名も「出羽三山神社」という大きな本を購入。
(黒川能の写真入り!)
東京に戻ってからも、ネットで探す。

「山伏」や山での修行は有名なのに、
信仰や修行の内容を詳細にまとめた本は、思いのほか少ない。
でも、戸川安章氏が執筆・編集された本をゲット。
この人は黒川能についても興味深い本を書いている。

黒川能を見ていると、特に王祇祭では、
神道のお祭り(=神社のお祭り)である一方で、
仏教色も強く感じる。

お能の様々な曲の内容も、
やっぱり神と仏がゴッチャになっているように思われる。
それに加えて、一種の怨霊信仰のようなものも?

筆者はマトモに日本の歴史を学んだことがないので、
「神仏習合」という言葉を聞いたことはあるが、
そのルーツは全然知らない。

最近読んでいる「翁」関係の本でも、
神と仏の関係が気になるし、
そもそも日本の仏教は、
インドから中国経由で伝わったもので、
道教を始め、中国の様々な民間信仰や思想を含んでいるらしい。
そこに日本の土着の民間信仰も加わる。
修験道というものも、様々な要素を含んでいるらしい。

神仏やそのほか様々なものが入り乱れる状況下で「信仰心」という場合、
その信仰の対象は何なのだろう。
そして、信仰を通じて、何を目指しているのだろう。

修験道関係の本は、
こんな疑問に対する答えを与えてくれるかも?
という期待を込めて購入。

だんだんと、本業とは直接関係ない分野にはまり込んでいく…
気がついたら山伏になっていた、
なんてことにならないといいのだが…





次のページでは、松山能をご紹介。





作成日:2009年9月3日

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