Home    「黒川能」へ



水焔の能 & 虫干し

(2012年7月28日・29日)





2012年、第29回「水焔の能」は、黒川能上座による演能。







赤川河川敷の公園におけるお能上演の裏には
たくさんの人の力がある。

地元の先生&学生さん達のボランティア。
ものすごい暑さの中、ご苦労様でした!







2012年も前年に続き太鼓の演奏があったが、
今回筆者のカメラは絶不調。
太鼓の演奏シーンではまともな写真が撮れなかった…。

ここ数年で何度か、座ったときに膝の上にニコちゃんを置きながら、
それを忘れてガバッと立ち上がり、
哀れなニコちゃんは「ガシャッ!」と「ズシン!」の中間のような音を立てて、
地面に叩きつけられた。
恐らくそうした半認知症的行動が重なったせいだろう、
とても気に入っていたD300は、瀕死の状態。

…上は春日神社の宮司さんによる祝詞奏上。







火入れの儀。上は新たに神社の役員となられた
上座の翁太夫・釼持正氏。







薪に火がともされた後は、子供達による舞囃子『高砂』。

あれ?もしかして、拓道くん?

筆者が初めて見学した王祇祭で、
2日目にお宮で大地踏をしたのが拓道くん。
すっかり大きくなっちゃって…。







お能の方は、今回は『殺生石』と『春日龍神』。

上は『殺生石』で、僧が里の女に出会い、
不思議な石について聞くところ。

僧は渡部聖一氏、里の女は釼持博行氏。




僧が供養をすると、
殺生石が二つに割れ、中から野干(狐)が現われ、
これからは殺生はしないと約束する。




上述の通り、カメラ(あるいはレンズ)の不調に加えて
筆者の力不足、
今回はどうにか見られるという写真が悲しいほど少ない。

上の写真では「野干」の面がはっきり見えないが、
このページの下に登場するのでお楽しみ(?)に。







『殺生石』の後は狂言『鬼清水』。
太郎冠者は遠藤直樹氏、主人は斎藤剛富氏。



狂言の後は半能の形で『春日龍神』。
左と上は、龍神役の釼持一行氏。

笛方さんに注目。暑い中、『殺生石』も『春日龍神』も、
笛は秋山篤司氏。ご苦労様でした。




うーん、お能は楽しませてもらったけれど、
今回は撮影がひどい状態で、不完全燃焼…。悔しい。

翌日は、上座では虫干し。

筆者は毎回この虫干しも、「水焔の能」と同じくらい楽しみにしている。

ただし、虫干し会場では足を踏み出す際、
気をつけなければならない。







たくさんの装束の影にかくれて、
お休みになっている方々がいらっしゃるからである。

色々な文様に気を取られて、
「わぁ、これ素敵だなあ」とか、
「なんて斬新な色づかい!」などと思いつつ歩いていると、
思わずつまづいたり踏んでしまいそうになる。







これだけ集まると壮観!

この日はとにかく暑くて、
畳に寝転んでいるのが一番(それ以外のことはしたくない)。

こんな環境の中で眠ったら、どんな夢を見るだろう。



筆者の大好きな
中将の面。
品のある哀愁。
ハンサムな平太。
上座では
よく『八島』で登場する。

今回の『殺生石』で
使われた野干。
誰かに似ている…。



ずらりと並んだ面たち。

それぞれ色々な人生を
歩んできたのだろう。

人じゃないのもいるし、
生まれて間もないのも
いるけど…。



   人生の軌跡を
   反映しながら
   面持ちが
   変化していくのは、
   生きている人間と
   同じみたい。

   面も生きている。











上は大鼓の遠藤幸男氏。
2011年の王祇祭で世帯持ちをしていらして、
その時初めて色々お話を伺った。
この日は大鼓をやることになった経緯など、伺った。







2時頃になると、片付け始める。








翁太夫さんと三番太夫さん。

大切な装束の中でも特別に大切な装束を、丁寧にたたむ。
これらの特別なものは、どうやら来年(2013年)、
東京の国立博物館にやって来るらしい。

なかなか人が集まらず、手が足りなさそうだったので、
筆者も装束をたたむ作業を手伝う。

装束に触るのは、これで2度目。

遠い過去から現在に至るまで、
一体どれだけの役者さんたちの汗が沁みこんでいるのだろう。

大切な大切な財産だと思うと、恐れ多い気持ちになる。







時間が経つにつれて人も集まり、
片付け作業は加速。

筆者はこの写真を撮って失礼し、墓参をして帰途へ。






あっという間の7月終わりの滞在。

心は早くも8月の滞在へ。




作成日:2012年8月23日

Home    「黒川能」へ