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水焔の能とその前後

(2010年7月27日〜8月1日)


その1


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今年の「水焔の能」は、7月の最後の日!
その数日前に鶴岡に到着した筆者は
5月の田植えでお世話になった
渡部家の可愛いおばあちゃん・せつさんと
そのご主人の権作さんにお会いすべく黒川へ。


黒川に到着し、すぐに恐ろしい事実が判明。
愛機・ニコちゃんの中に
デジカメにおける「フィルム」の役割を果たす
コンパクトフラッシュ(CF)が入っていないことに気がつく。

サーッ…と血の気が引く音。
どうしよう。
鶴岡でCFを購入できるのか。

事情をせつさん・権作さんに説明したところ、
息子さんの千春さんに連絡を取って下さり、
彼が帰宅する際に、
そうしたものを売っていそうなお店に寄って
買ってきて下さることになった。

ああ…自分のマヌケさに自己嫌悪。


しかし、気を取り直して
お二人に講のことなど伺っているうちに、
千春さんがご帰宅。
「これでいいのかー?」と差し出して下さった御手の中には、
SanDisk社のCFが!

ウウッ…(←感謝の嗚咽)
千春さん、有難うございました…!

早速ニコちゃんにCFをセットし、
千春さんとともに宝蔵庫へ。







宝蔵庫の中には、既に、
水焔の能で用いる装束などが用意されていた。
それとは別に、王祇会館での展示のために、
上座の装束を数点、王祇会館に運ぶ。








(↑)王祇会館にて。
初めは二人しかいなかったが、徐々に人数が増え、
順調に展示準備がすすむ。


よく見る紫色の長絹や、
『猩々』で定番になっている、
筆者の大好きな、
菱形に笹をあしらった厚板など。

見ていると、
たくさんの思い出で頭と心が一杯になる。



中にはこんな恐ろしげなものも。

「浅緑地鱗に亀甲火焔玉模様」
…という名の厚板。




筆者も微力ながらお手伝いさせて頂き、
初めて装束に手を触れた。

今まで何度も上座の虫干しにはお邪魔しているが、
女人禁制といわれる宝蔵庫に収納されているものだし、
ましてやよそものの筆者にはなんだか恐れ多くて、
面にも装束にも手を触れたことはなかった。
(写真に撮らせて頂いたことはあったけど…。)

でも今回初めて手を触れて、ジ〜ンと感動してしまった。
黒川で大切に受け継がれて来ている装束たち。
今まで何人の役者さん達が身を包み、
ストーリーを紡ぎ出してきたことだろう…







全ての装束を並べ、
色や配置のバランスを論じる役者さんたち。
あっちに移したり、こっちに移したり、
試行錯誤のあと、解散。
お疲れ様でした。



話は突然変わり、
こちらは
湯殿山神社の鳥居。

特に社殿というものがなく、
ご神体がそのままむき出しで
祀られているということ、
そしてそのご神体が
女陰石であろうという
意見を聞いて以来、
この目で確かめねば!と
思っていた。




そうして今回はじめて行ってみた。
撮影禁止だし、
自分の記憶のためにとメモをしていたら、
それさえダメということだったので、
ここでは何もご紹介できないが、
何というか、恐いところだった。
赤褐色の生々しい色の大きな岩から湧き出す熱い湯…
おそらく修験道などの信仰が始まるもっともっと昔、
太古の昔から、
畏怖の対象とされてきたのではないかと思う。




こちらは黒川の田園風景。

右手奥の林は
春日神社裏手の林。

スクスク育った枝豆と、
稲のまばゆい緑。



下は5月の田植えの際に作業した場所の一つ。







あの時は赤ちゃんだった稲も、
すっかり大きく育って、
あと1-2週間もすれば穂が出てくるだろうというところ。






稲を一本手折り、
権作さんは茎の中を見せてくれた。
茎の中には穂が出来ており、数えてみると、
約90粒!

収穫の9月が楽しみ!



金峯山にて。なんと、暑い中、せつさん&権作さんが
筆者に付き合ってくださった。
とにかく今回の滞在期間を通じて、
お二人にすっかりお世話になってしまった。
心から御礼申し上げます。



お二人によれば、以前は「金峯講」といって
金峯神社に定期的に来ていたとのこと。
しかし今はそうした講の活動がなくなっている、と。


金峯山の麓には青龍寺。








「大地踏」の詞章に現れる場所などを
一応チェックしておきたいと思いつつ訪れた、これらの寺社。
でも実際訪れると、訪れるだけじゃ済まなくなって、
色々尋ねたくなるものだ。
…今度訪れる時には誰かを捕まえて質問しなければ。



次のページでは「水焔の能」の舞台をご紹介。





作成日:2010年8月8日・10日

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