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王祇祭 と その前後

(2012)



その2



このページとその次のページで、
ざっとお祭り当日(2月1日・2日)の様子をご紹介。



2月1日早朝の当屋。
皆が「そろそろかのぉ…」と思いながら
王祇様の到着を待っている。







そこへ…







来た来た、来ました、
鋤・鍬を担ぐ若者を先頭に、大きな提灯の火に導かれ…







王祇様、当屋に到着。

当人のお出迎え。

何度見ても感動的な光景。

王祇祭は毎年あるけれど、当人は毎年異なる。
当人にとっては一生に一度、自分が神様を迎えて行うお祭りである。
そして、これが神様を迎え、祭りが始まる瞬間。
その年その年のドラマが始まる瞬間。

…向かい側のカメラマンさんのお姿が
こちらの写真に入っているということは、
カメラマンさんの写真にも筆者の姿が入っているのだろうなぁ…
申し訳ない…







筵を移動させながら、王祇様を当屋の奥へとお招きする。







そうして王祇様を休めると、
当人は、王祇様についてやってきた冠子と一緒に、
王祇様に深々とご挨拶。

こんな光景は初めて見た筆者。
いいものだなぁ…



さて、しばらくすると、棚上がりの少年達が、
当屋から上座の宝蔵庫に向かう。
そこから屋形と面箱などを担いでくるのである。

(←)当人のお孫さんである涼太くんは華奢な少年。
   お役目とはいえ、大雪の中、少々お気の毒…。


いたいけな少年達を守るため(?)、お付き役もいる。
右上の写真中央の背の高いマントの君は、
当屋で所仏則翁になる釼持英正氏。

涼太くんは当屋の目玉『羅生門』にも登場予定。
彼らが万が一にも怪我をしたら一体どうなる?
…と、ハラハラしつつ、こちらも雪道に滑りそうになりながら、
無事、当屋に到着。

何事もなくて良かった。







宝蔵庫から運ばれた屋形は定位置に置かれ、
しばらく経ってから、
神職さんたちが現われて、王祇様に衣を着せる。







そして座狩り。

「○○殿(屋号)、おつきなされましたかー」

…と、独特の調子で各家の名が読み上げられ、出席している家からは、

「ようございます」…の返事。







そして振舞。



こちらは祭りを陰で支える女性陣。
お能ばかりが注目されがちだけれど、彼女達の力がなければ
このお祭りは成立しない。






裃姿の面々が、三々五々に散って行くと、
座敷では、今度は内場の方々への振る舞いが始まる。







そうして5時30分頃、演能が始まる。







舞台の周りの蝋燭に火が入れられる。
火を入れるのは世帯持ちの嵩義さん。



最初は大地踏。
当人のお孫さんである志くんが当屋の大地子である。
緊張している様子もなく、頼もしい大地踏。



祭り前に足に大怪我をされた太夫さんは、
歩くことが出来ず、当然いつものように
大地子を抱いて舞台に入ってくることも出来なかった。

周りから心配そうな声が聞こえたが、
ご本人が一番つらい・悔しい思いをされていたに違いない。
心身ともに、どんなに大変だったことだろうと思う。



大地踏のあとは、式三番。

右は千歳の釼持不思議氏、上は所仏則翁の釼持英正氏。
所仏則翁の面は吊り目の「父尉」。



所仏則翁のあとは、筆者の大好きな、リズミカルな三番叟。
三番叟は斎藤俊一氏。








モウモウたる煙(蝋燭&タバコ)故か、
写真の色はどうしてもくすんでしまう。お許しを…。

式三番のあとは脇能。今回は『難波』。



(←)当人も、地頭として参加。

(↑)前シテの老人とツレの男。
   釼持秀章氏と斎藤駿太郎くん。






後半は斎藤拓道くんの木華開耶姫縄と、
斎藤英介氏の王仁の舞。







『難波』のあと、最初の狂言は『禰宜山伏』。

狂言が終わると…








下座から「暁の使い」。

雪の中、遠路はるばるお疲れさまです。







そして中入り。舞台の上で夜食。

ひと休みのあと、夜を徹して能・狂言が続く。



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作成日:2012年2月24-25日

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