Home   「黒川能」へ   「王祇祭」へ




王 祇 祭 (2009) より


その4

− 2月2日〜3日






祭の場は当屋からお宮へ。





当屋頭人のご子息で王祇守の渡部昇氏は、
かなりお疲れのご様子。

舞台上にある、青い布で覆われたものは、
上座の脇能『絵馬』の作り物。



(左)・(上)上座の脇能、『絵馬』。
 前シテの老人は斎藤賢一太夫、
 ツレの可愛らしい姥(左)は、秋山愛輝くん。
 この愛輝くん、小さいけれど、謡が上手い…
 と思ったのは筆者だけだろうか?






間狂言で登場する蓬莱の鬼たち。
難波義幸氏と斎藤秀明氏。





鬼の面は、アップにすると、こんな感じ。
こちらは2008年の王祇祭・当屋の『絵馬』より。






二人の少年による神楽。
天鈿女命が斎藤豊くん、
手力雄命は、昨年天鈿女命役だった斎藤忠勝くん。






後シテの天照大神は斎藤英介氏。
英介さんは斎藤賢一太夫さんのご子息である。



上座の『絵馬』のあとは、下座の『高砂』。
神社では立合能となる。






『高砂』より。
前シテ木守の老人は清和勉氏、
ツレの木守の姥は清和博幸氏。

二人は夫婦であるが別の地に住み、
夫婦の仲に住む場所など関係はないのだという。
こう語る二人は、相生の松の精。

「…いや、遠距離は難しいものだ」と思うのは、
筆者が未熟な人間であるゆえか。

ワキの阿蘇宮神職友成は蛸井克哉くん。


上)上野由部太夫による『高砂』の後シテ、
   住吉明神。
(右)同上。

下座の王祇祭での脇能は、当屋頭人と
その奥方が健在の場合『高砂』となるそうだ。



上・下両座による脇能のあと、舞台は大地踏に移る。



(上)と(左)は上座の大地踏。
 金烏帽子もりりしく、大地を踏みしめるのは、
 釼持龍星くん。この時5歳。






上の写真は下座の大地踏。
可愛い女児姿の大地子は、遠藤大起くん。
上座の龍星くんと同じく、この時5歳。

大地踏のあと、式三番へ。


所仏則の式三番。
右の所仏則翁は上座の釼持正氏、
上の所仏則三番叟は下座の清和政俊氏。
どちらも王祇祭のときにだけ見られる。



三番叟の途中から、
お宮の中は次の神事に向けて騒然とした雰囲気になってくる。

囃子方の後ろでは、
上座・下座それぞれの若い役者さん達が
ワーッと声をあげながら
円陣を組んで大地を踏み鳴らす。
(左上の三番叟の写真で、その様子が少しお分かり頂けるだろうか。)


そして祭りは荒々しいクライマクスへ。

暗いお宮の中で、激しい動きの神事は、いつもマトモな写真が撮れない。
いつか迫力ある写真が撮れますように。


…という訳で、
棚上がり以降の様々な神事の写真は、またいずれ。


2009年の王祇祭ページの最後として、
神社の梁に掛けられていた餅の行く末をご紹介。


祭が終わり、
翌2月3日、
餅は皆に見守られながら
細切れにされていく。



細切れになったものの
一部は、半紙にくるまれて
氏子さん達に配られる。

半紙にくるまれないものは…







こうしたステップや…





こうしたステップを経て…





美味しい雑煮餅となって、
能役者さんたちのお腹に納まるのでした。

筆者も、恐れ多くもご馳走になった。
太夫さんによれば、「神様の餅だから10年若返る」とのこと。

しかし、鏡を見ても、依然、変化なし。
老化は不可逆的に進行中。




お疲れ様でした。
今年も楽しませて頂きました。

…それにしても、毎年思うのだが、
この祭がオリンピックのように四年に一度、とかではなく、
毎年行われていて、
それが何百年も続いてきているというのは、
一種の奇跡ではないか…。

何か人間の力を超えたものを感じる。

…と言いながらも、
祭が長い時間と多くの人の手をかけて作られているのを
多少なりとも見てきた身としては、
やっぱり、黒川って不思議なところだなあ、と思う。

不思議な魅力が人をひきつける。

その「不思議」を、どうにか平明なことばで
きちんと表せるようになりたいなあ、と思う筆者。

今年はそれが課題だ。

(本業はどうなる?)



作成日:2009年3月30−31日

Home   黒川能へ   「王祇祭」へ