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王 祇 祭 (2009) より


その2

− 2月1日




見て下さい、この雪の少なさ!





上は当屋の渡部佐治右衛門宅。
茅葺きの、風情のある御宅である。

(渡部昇氏曰く、「風情のある家は寒いんだ」。)






筆者は鶴岡市内の宿を5:30amに出発。
まず上座太夫さんの御宅に寄って荷物を置かせて頂き、
そのあと渡部家まで歩いて行ったが、
予想していた以上に時間がかかり、
王祇様ご一行が渡部家に到着する瞬間に立ち会えなかった。

なんとマヌケこと。悔しい。

上は、既に安置された王祇様と、
写真左から、
棚上がりの少年2人、渡部昇氏、頭人の渡部佐久美氏、
そして提灯持ちの御方(お顔が見えなくてすみません)。




当屋まで王祇様のお供をしてきた小さな子供たち(冠子)と、
その親御さんたち。温かい甘酒や雑煮餅が振舞われる。
右の写真は、レンズが曇ってしまった1枚。



(上)当屋頭人は、家紋の入った素襖に身に包み…。



9時すぎ、神職の方々が王祇様に衣を着せる。
着せ終えて、10時すぎ頃、祈祷。






祈祷のあと、「座狩」と呼ばれる座員の点呼が行われる。

「斎藤長兵衛殿、お着きなされましたか〜」
「ようございます」
…という具合に、一人一人の名(屋号)が呼ばれていく。






裃姿に「〜衛門」・「〜兵衛」の屋号のせいか、
数百時代を遡ったような気分になる。

立っていらっしゃる方が、座狩係。

座狩が進行する傍らで、すでに振舞いのためのお膳は準備されている。




座狩が終わると、来年の王祇祭のための「当乞」(2008年のページ参照)。
それが済むと、座員への振る舞いが始まる。









厳粛な雰囲気の座狩から、一気にくつろいだ雰囲気に。
同時に、「ああ、今年も祭が始まる」という気持ちになってくる。

下は、当屋から徒歩1分ほどの場所にある、脇当屋。
外来者を振舞う場である。




さて、お能が始まる時間までどうしよう…と思っていると、
撮影で知り合ったY氏からお声をかけて頂き、
Y氏のお知り合いの御宅にお邪魔することに。






上の写真は、その御宅での1枚。
当屋のすぐお向かいの、やはり茅葺きの御宅で、
初対面の筆者まで、あたたかく受け入れて下さった。

写真中央の御方が作ったという
美味しいお惣菜と、ご飯までご馳走になる。

この場を借りて、改めて御礼申し上げます。
本当に、お世話になりました。
あたたかく、楽しい数時間でした。


…そうこうしているうちに、
あっという間に時間がたち、Y氏や筆者達は当屋に走る。
しかし、既に舞台近くは人が一杯。

中途半端なところに座るよりは、
一番後ろで立って撮る方がまだ良いので、
Y氏と共に、王祇守・渡部昇氏のすぐ前に座らせて頂く。
快く「いいよ、いいよ」と言って下さる昇氏。






さあ、始まります。




左は王祇守をつとめる、頭人のご子息・渡部昇氏。
右が、頭人の渡部佐久美氏。

昇さん曰く、ご自身も、お父上も、「筋金入りの小鼓打ち」。

佐久美さんは足を患っていらっしゃるようで、
立ち上がるとき、昇さんがしっかりと佐久美さんを支える姿が、とても印象的。

上の佐久美さんの表情、
自己満足かもしれないが、筆者はとても気に入っている。

当屋を受け持つ嬉しさと誇らしさ、
これから始まる祭への期待が入り混じったような、
良いお顔である。

昇さんは一番後ろから、
戸や襖、仏壇が取り払われた我が家に
ぎっしりと入った客人たちと、
舞台を見渡しつつ、
「自分の家でないみたいだ」と。

この一夜を迎えるために、
どれだけの人の手によって、どれだけのことがなされてきたか。
前年の「受当屋」から1年、
父君が「かみさま」となられる、この一夜のために。

当屋は、ご自分の家でありながらも、
神を招いての祝宴の場。
当屋頭人にとっては一生に一度の、特別な場なのである。




次のページでは、2009年王祇祭当屋での大地踏&能・狂言をご紹介します。



作成日:2009年2月16日

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