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新 嘗 祭

2011年 11月23日 於 春日神社


(その2)



下座の狂言『末広』で観客の雰囲気が和むと、
今度は上座の能『鈴鹿山』。

舞台向かって左手の橋掛かりから、
笛の秋山篤司氏を先頭に、
囃子方、そして地謡の皆さんが舞台に登場。

ちなみに、下座は反対の、
舞台向かって右手の橋掛かりから登場する。



つまり、春日神社の舞台は
普通の能舞台と異なり、
左右に橋掛かりがある。

陰(右)の下座と、陽(左)の上座。
陰陽交わる場としての能舞台、
という意識でこのように
設計されたのではないかと思う。

王祇祭の2日目、神社の、
まさにこの舞台で行われる大地踏も、
そうした陰陽の交わりが
意識されているように思う。

…話がそれたが、
あっくんの笛と共に
2011年をしめる番組が始まる。




黒川のみに存在する曲がいくつかあるが、
『鈴鹿山』はその一つ。



(↑)ワキの坂上田村麻呂とその従者の登場。

(→)田村麻呂を演じるのは釼持秀章氏。
   撮影者本人が言うのもなんですが…
   なかなか良いアップ写真ではありませんか?



こちらのストーリーの舞台は、タイトルからも分かるように、
伊勢神宮に近い鈴鹿山。

田村麻呂はこの山の鬼神高丸を打つよう命じられ、やってきた。



(←)そこの現われた女、鈴鹿姫。
   高丸の所在を尋ねると、安達原に通っていて
   夜が明けねば帰らないだろう、と。そして、
   自分も高丸に恨みがあるので一緒に討ちたい、と。
(↑)間狂言が入り…     



物語は後半へ。シテの高丸登場。







他の鬼神をもてなし、饗宴を開く。

高丸を演じるのは渡部千春氏。







鈴鹿姫がいないことを不審に思いつつも、
連れ帰った舞姫の舞を見つつ、酔い心地。

そこへ田村麻呂と従者登場。







「理りしれや田村丸とて手ごろの斧をひっさげ邪見の眼を開いて
大勢に切てかかればその勢に恐れつつ
数多の軍兵は巖頭より転び落ち 前後を失ひ力も尽きて
遥にぞ引きたりける」

…ということで、従者はあっという間に退散。

そこで田村麻呂が剣を抜き、
高丸の斧とぶつかり合うが、両者共に譲らず。

そこへ…







鈴鹿御前の登場。
鈴鹿御前を演じるのは渡部純也氏。
高丸に剣を投げかける。







鈴鹿姫の裏切りに驚き、
斧を振り上げ鈴鹿姫に切りかかろうとすると
田村麻呂に攻められ、
田村麻呂に切りかかろうとすれば鈴鹿姫に攻められる。








さすがの高丸も弱りはて…



(↑)ついに石嶺を転び落ちたところ、
   田村麻呂がその首を討ち取る。

(→)討ち取った首(黒モジャ)をつかみ、
   力強い足拍子。



「我も恨むる子細あれば…」とか、
「さしもに契りし鈴鹿の御前も敵となるこそ無念なれ…」
…という箇所から察するに、
鈴鹿姫と高丸は良い仲だったのに、
高丸の浮気に鈴鹿姫が激怒したのだろう。

怖い。

この鈴鹿姫(鈴鹿御前)というのも面白い存在で、
『鈴鹿の草子』、『田村の草子』、『田村三代記』などの物語に登場し、
「立烏帽子(たてえぼし)」とか「鈴鹿権現」という名も。
伝承によっては天女であったり、盗賊であったり。
室町以降の伝承はほとんどが坂上田村麻呂の鬼退治と関連しているそうで、
伝承によっては、
田村と恋仲になったり、夫婦になったリ、娘までもうけたり。
(Wikipedia参照。)

なんと多面的な存在。


…こうして2011年の新嘗祭も、無事終了。

上座・下座の皆さん、お疲れ様でした!





鬼界ヶ島に一人取り残される哀れな僧や、
鈴鹿山中での怨念渦巻く鬼退治も過ぎ去り、
春日神社は静寂を取り戻す。



新嘗祭のこの日は、良いお天気に恵まれた。







色鮮やかな秋の名残り。







神社をあとにして数時間後、
下座の方々がはるばる鶴岡駅まで来て下さった。
感謝です。
貴重なお時間を有難うございました。

今思うと、もっと伺いたいことがあったのに!せっかくの機会を!
…と後悔していますが、またいずれ、お話、聞かせて下さい。

どういうい思いで、どういう姿勢で、
黒川能に向き合っているのか、
筆者は皆さんの思いを知りたいです。

筆者の拙い文をとても丁寧に、
とても好意的に読んでくれている御方もいて、
それも感謝です。有難う…!


あまりにも大きな天災・人災に苦しめられた2011年も、残りわずか。
幸い庄内は太平洋側のような惨事を免れたけれど、
親戚や友人を我がことのように心配している姿を眼にした。
同じ東北人として、
とても他人事とは思えない、やりきれない気持ちで一杯だったろうと思う。

とんでもない災だったけれど、
日本中に「助け合おう」という気持ちが響き合った、
その点だけは救われる思い。
まだまだ日本も捨てたものではないな、と。

2012年は、様々なことが少しでも良い方向に進展していく年になりますように。

黒川の皆さん、今年も有難うございました。






作成日:2011年12月30日

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