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西伊豆・松崎となまこ壁




2009年2月21日




蔵は美しい。

以前このサイトで栃木の町と蔵などをご紹介したが、
今回、春いっぱいの伊豆をまわり、
西伊豆に位置する松崎という町で
なまこ壁の蔵を撮ってきたので、ご紹介。


建築物の写真が多くなるので、
まずは伊豆の、一足早い春の様子をどうぞ。


   (上&右) 河津桜と菜の花。河津にて。
          元気なピンク色が可愛らしい。


(左) つるし雛。一つ一つのチャームに意味があるらしい。
(下) 雲見の海。うっとりするような青。富士山も見える。




初めて松崎を訪れた時、
筆者はまだデジタル一眼を所有していなかった。

父親から譲り受けた、
古い、原始的な一眼レフで
喜々としてなまこ壁の蔵を撮りまくったが、
性能の良いデジタル一眼を手に入れてから、
是非もう一度、松崎に来たいと思っていた。

今回、その願いがかなった。

松崎は、漆喰芸術家・伊豆の長八(入江長八)を生み出した地であり、
漆喰を用いた「なまこ壁」の蔵が町のシンボル的存在、
「左官職人の町」である。

もう一つ、桜の葉を塩漬けにしたものが特産品。
全国需要の7割を出荷しているという。
大島桜の葉を使っているそうだ。

皆さんが召し上がる桜餅を包む桜葉、
松崎から来ているものかもしれません。



さて、最初に訪問したのは
重要文化財となっている岩科学校。





堂々とした、和洋折衷なまこ壁の学校である。
(上の写真の左右両脇になまこがいます。)





明治13年9月に完成したという。


建物内部には、当時の学校の様子、
農機具や生活用具などが展示されている。

(上) 当時の教科書。
(右) 傾斜60度の恐い階段。






こちらは長八が手がけた「千羽鶴」の部屋。
裁縫や作法の時間に使われたそうだ。
この写真では見えないが、右手に赤い床の間がある。
昇る太陽を表しているという。
鶴たちは、一羽一羽、異なる表情と羽ばたきで、
その朝日を目指している。


  



長八の高弟、佐藤甚三の手による鳳凰。



岩科学校を出て、松崎の中心地に向かって歩いていくと、
左手に「山口」という集落が見えてくる。






この写真右手の橋を渡ると山口地区である。
写真右の黄色い屋根、「山口区共同精米所」が目印。

前回岩科学校を訪問した際、
帰りになんとなくこの地区に立ち寄ってみた。
すると、なまこが集落のあちこちに生息しているので、
筆者は喜々としてシャッターを押した。
そして、上にも述べた通り、
是非、良いカメラでもう一度…と思っていたのである。

…初めて黒川に行ったのと同じ、2004年のことだ。
2004年の、たぶん3月頃。
その後筆者は週末に
バレエの舞台写真撮影のアルバイトをし、
デジタル一眼を手に入れ、
7月、前々から興味があった黒川能を初めて見に行った。

5年の間に、あまりにも多くの変化があったせいか、
松崎を最初に訪問したのは
遠い遠い過去のような気がする。






みかんとなまこ。伊豆らしい色。
洗濯物も、生活が感じられ、蔵が生き生きとして見える。














白梅となまこ。

前回は、ただ平地を歩いていただけだったが、
今回は、更になまこを求め、
細く狭い路地を入り、坂道を登ってみた。




かなり傾斜のきつい、細い路地がたくさんある。
この辺に住んでいる人は、この坂に鍛えられて足腰が強いに違いない。







坂道は筆者の期待に応えてくれた。
右を見たり、左を見たり、
坂の前方を見上げたり、振り返って下を見たりするたびに、
あっちになまこ、こっちになまこ。



  ポットに入った淡い紫の桜草。
  なまこの無彩色に優しい色を添えている。






坂の上から、岩科学校方面を見渡す。


  坂を下って、平地にたどりついたところ。
  こうして至る所になまこがいるとは、筆者にとっては
  まさに夢のような世界。
  一体、なまこの何がそんなにいいの?と
  尋ねたい御方もいることだろう。
  そこで筆者も、自問してみる。何がそんなにいいのか?



蔵は概して、ストイックな美を持っていると思う。
その中で、なまこ蔵は、濃灰色と白の菱形や正方形が織り成す
独特の軽快さとリズム感を持っていると思う。

欧米の家を形だけ真似たような家が増えているが、
なまこ蔵は、そんなものよりずっとずっと粋でモダンだと思う。




以上、山口地区のご紹介。

「はいはい、もうなまこ壁は十分です」
…というお声が聞こえてきそうな気もするが、
このあと松崎の中心地に戻り、
筆者は嬉しい現場に立ち会うことになる。






上は、なまこ壁の美しい伊豆文邸。
明治43年の建物だそうだ。
昔は呉服商、今は無料の休憩所となっている。






伊豆文邸の内部。
雛祭りが近いせいか、今回の旅ではあちこちで
つるし雛や雛人形に出会う機会があり、
興味深かった。






この日、中庭では「松崎蔵つくり隊」による
「なまこ壁の土蔵造りプロジェクト」活動が行われていた。

松崎はなまこ壁の蔵の町としてアピールしているものの、
実際になまこ壁の土蔵が建てられたのは
70年前が最後。

このプロジェクトは、
「松崎蔵つくり隊」とボランティア、左官職人さんたちが力を合わせ、
長八美術館前に、本格的ななまこ壁の土蔵を立てるという
壮大なプランを着々と実行しているのである。

この日、古民家から譲り受けたなまこの瓦を洗う作業をしていた(写真上)。



 (右) ボランティアの少年少女たち。
     この日は瓦洗いのほか、
     ビャク杉の釘製作作業も行われていた。

 (下) ビャク杉の釘。この木製の釘を使って、
     四角い瓦の四隅にある釘穴に留め、
     なまこを作っていくそうだ。

  ビャク杉の釘は、
  杉のとてもよい香りがした。

  恥ずかしながら、筆者は、
  なまこの濃灰色部分が「瓦」であるとは
  知らなかった!そうか、瓦だったのか!
  瓦であるゆえに、雨に強い。




「松崎蔵つくり隊」のMさんから、
瓦や杉の釘について、あれこれ伺い、
こちらもあれこれ質問。
初対面にもかかわらず、とても親切で、親しみやすい御方で、
こちらもついつい、蔵となまこを愛する者として
質問したり、納得したり。

そこに、漆喰職人のS氏が登場、
右上の、ボランティアの少年少女たちの写真にある
小さくそびえる蔵の内部を見せてくれた。



 蔵の1階は物置状態になっていたが、こちらは蔵の2階部分。
 20年ほど前まで、人が使っていたそうだ。蛍光灯もまだ使える。
 天井の太い梁にに注目。
 窓には障子もついていて、快適そう。
 もちろん蔵の、あの立派な戸もついて、万が一の火災の時には、
 しっかり蔵の内部を守ってくれる。…住みたい、と思った。



こちらが、筆者を蔵内部に案内し、
色々説明してくださったSさん。

「菱形なまこ」は
「四半張」と呼ぶそうだが、
この形は、雨水を下に、下にと
流してくれるものだそうだ。

他にも、「いも張り」という、
正方形が並んだものなど、
なまこにもいくつかの種類がある。
「いも張り」は、Sさん曰く、
縦を刺しても横を刺しても串が通る
という意味で名づけられているそうだ。

岡山県の倉敷では「いも張り」なまこを
よく見かけたような気がする。

いも張りには、
どういう効果があるのだろう?



 (上) 静岡の様々なことをテーマにしたコミュニティー誌も取材に。
     漆喰職人SさんとMさんで、伊豆文邸のなまこの漆喰を修復。
 (左) 「松崎蔵つくり隊」のMさんと、左官職人のSさん。
     Sさんは、蔵の形についても色々と説明してくれた。
     屋根の張り出しが小さいのは、海からの風が強いため、
     火災の際、火が屋根の張り出しのせいで、
     蔵の壁沿いにこもってしまうのを避けるためだそうだ。



Mさんは、苦心して漆喰をのせていたが、
きれいなかまぼこ型にするのはとても難しいようだ。
Sさんは、さすがその道の御方、
きれいなかまぼこを作り上げていた。

筆者は蔵やなまこを美的な目で愛していたが、
説明を伺えば伺うほど、
実に機能的なものであることが分かってきた。
もっと知りたい。

そして、このプロジェクトにも興味が出てきた。

松崎、なかなかやるなぁ!

このプロジェクトに参加した人たちは、
きっときっと、なまこ蔵に愛着を感じ、
過去にこうした蔵を造ってきた松崎の職人さん達に
敬意を払うようになるだろう。
そして、ますます松崎に
愛着と誇りを感じるようになるのではないだろうか。

黒川の祭りもそうだが、
皆で、自分達の住む地域で、何かを一緒に成し遂げるということは、
ただその「何か」だけでは終わらない、
もっと大きな意味を持っていると思う。

更に、今回の滞在で、
この辺では秋祭の時に
「三番叟」や「人形三番叟」なるものを演じるということも判明。
ますます興味津々。

きっと近いうちに、再び伊豆半島をめぐる日がやって来る。



最後に、宿の夕食の光景を少々…



     



筆者は生の魚はまるきしダメだが、
運転を引き受けてくれた相棒(?)は、
質にも量にも大満足。
(左はトロにねらいを定めた相棒の箸。)

筆者は右、
伊豆の冬の風物詩・金目鯛の煮付けを。
こんなに旨い金目は初めて。

ご馳走様でした。



2009年2月25日作成

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