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磯部の御神田

(いそべのおみた)



2010年6月24日


その1



御神田「その2」へ     御神田「その3」へ



2010年6月、筆者は生まれて初めて三重県の土を踏んだ。
京都をはじめ、関西には何度も行っているし、関西出身の友達もいる。
(同じ日本でも、西と東では随分文化が違って面白い!)

…しかし三重県というのは、今まで何の縁もなかった土地。

旅の予定を組み、志摩市観光協会に問い合わせながら、
筆者はドキドキワクワク。


今回の伊勢・志摩訪問の目的は、伊勢神宮(内宮)の別宮である、
志摩市磯部町の伊雑宮(いざわのみや)御田植祭。

国の重要無形民俗文化財に指定されており、
古来より日本の三大御田植祭の一つに数えられている。

地元では「御神田(おみた)」と呼ばれている。


24日が本番で、
その2日前には「大訓(おおならし)」といって、
関係者を招き、衣装も本番同様につけて行う予行演習がある。

筆者はその予行演習も見学させて頂いたが、
このページではまず、24日の祭り当日をご紹介。



  早朝、5:30頃、「ゴンバウチワ」と呼ばれる
  太く長く、立派な竹に取り付けられた巨大な団扇が
  御神田に運び込まれる。
  持ち上げて、しっかり立たせるだけでも大仕事。( ↓ )
  
       右は、無事に立って、固定された団扇。(→)
       お祭りに白黒の幕があるのには、驚き。




ゴンバウチワが無事に立つと、しばらくして、
右上の写真の鳥居をくぐって、
朳(えぶり・2名)・立人(たちど・6名)が2名ずつ組になって、
御神田から伊雑宮へ。

「七度半の使い」である。



(←) 会場になっている3枚の田のうち
もっともお宮に近いところにある
神田の苗代から、早苗を数本手に持ち…




  (→) たくさんの出店が準備を始める中、
  伊雑宮へと続く道を通って…


  ( ↓ ) 伊雑宮に到着、深々と頭を下げる。

( ↓ ) 再び、本殿の前で深々と
頭を下げ、鳥居の根本に
神田から持ってきた早苗を置く。
  またもや、東京では目にしない幕の色!
  青(水色)と白!
  
  伺ったところでは、伊勢神宮では
  幕の色は階級を表すとのこと。



苗を置くと、各自、本殿の白い石を持ち帰る。
これは、早乙女に渡す石である。







七度半の使いが終わり、しばらくたってから、
上之郷地区の公民館で「式三番」(『高砂』から3番)が謡われ、



役人達(エブリ、立人、
早乙女などなど)は、
公民館から御神田に向かって
出発。

左の写真は、手前が立人、
それに続くのが
早乙女である。



右は、簓(ささら)を
担当する可愛い少年達。

早乙女のように、
肌を白く化粧し、
綿入りの衣装。

この少年達は、
「刺鳥差(さいとりさし)の舞」
も演じる。

背の高い方が「オクワカ」、
年少の、背の低い方が
「サイワカ」。




さあ、御神田が始まる!







神職と、作長(写真右の青い衣の人)が登場。
大麻、御塩で早苗を清め、作長に授ける。

作長が、3把の早苗を、左・右・中と田に投げ込む。



素晴らしい青空!
これ以上望めないような、
最高の天気!

この神事は
梅雨時期に行われるため、
天気にはあまり恵まれないと
聞いていたが、
今回は、素晴らしい!

青空に、くっきりと、
「太一」の文字が映える。

「太一」とは、
中国神話・思想の中では
北極星を神化したもの、
最高の神と考えられている。

なぜ中国の神の名が、
伊勢神宮・内宮の神事に?

興味をそそられる謎である。




ゴンバウチワ(あるいは「忌竹(いみたけ)」)のもとに、
役人(エブリ、立人、早乙女、囃子方など)と関係者が、全員集合。



そして、早苗取り神事。

立人と早乙女が、
手を取り合って
御料田の苗代の周りを
三周半し、早苗を取る。

これも一種の呪文であろう。

「七度半の使い」もそうだが、
「7」、「3」、「半(5)」という数が
呪術的意味を持っていると
思われる。




これが済むと、竹取神事が始まる。

3枚の田のうち、ゴンバウチワをすえた中央の田を使う。







上の写真は、青空に映える「太一」の写真と並んで、
今回筆者が撮った中でのお気に入り。

なんと美しいふんどしの後姿。

聞いたところでは、最近はすっかり白短パンが多くなってしまったが、
本来はふんどしであるとのこと。

惜しいことである。

短パンというのは、どうも中途半端である。
潔くない。

それに比べて、このふんどしの君の後姿は、
もうそれだけで、この神事に対する意気込みと潔さを感じずにいられない。

一体どんな人なんだろう?漁師さんだろうか?
この日に焼けた、引締まった身体!



さて、左右に約20人ずつ
並んだ裸男達は、
泥の田の中に入る。

はじめは左の写真のように、
互いに泥を投げあう
程度なのだが…




だんだんと行動は
エスカレートし、
泥の中で取っ組み合い、
泥の中にスライディング、
そうして
誰も彼もが泥人間に
なっていく。

彼らには、途中で何度か
酒が振舞われる。
理性を失って、できるかぎり
暴れてもらいたいのだろう。




そして、竹取神事のクライマクスがやってくる。
泥人間たちが、十分暴れて田をかき乱した頃合を見計らって、
忌竹が、3回、田を仰ぐようにして倒される。







団扇は泥人間達によって引き破られる。
この団扇部分は船につけると大漁・航海安全のお守りとなるのだそうだ。


引き倒された忌竹を、
泥人間達は
田の中で3回転引き回し…




そして竹を持ったまま
去っていく。

すぐ近くを流れる野川という
川で、泥を落とす。




筆者のお隣で撮影していらした御方によると、
昨年の方が、泥人間達の迫力はすさまじかったらしく、
「今年の人たちはおとなしい」とのこと。

しかし、筆者には十分すさまじかった。

泥の中での一本背負いやスライディング。
目や鼻や口に泥が入らないのだろうか…と、老婆心ながら心配してしまう。

筆者のビデオもカメラも、
田からはねてきた泥がこびりついていた…。


…さて、泥人間達が去ると、今度は一転、優美な田植えが始まる。







立人と早乙女が交互に並び…







苗を植えていく。

彼らの後方では、太鼓、簓(ささら)、笛、大鼓、小鼓を伴って、
小謡が9番。







先にご紹介したオクワカ・サイワカの少年達が、
「刺鳥差(さいとりさし)の舞」を演じる。( ↓ )







望遠レンズを持参することが出来ず、
彼らの愛らしい舞をアップで撮ることができなかったが残念…







中央の、田舟にのって赤い衣装をつけた太鼓の子も、ミステリアス。

祭りのミステリーについては、「その3」で改めて言及したいと思う。



  左と上は、後半の田植えの写真。
  後半では、筆者の座った場所の近くで田植えが始まった。
  
  「その2」でご紹介する「踊りこみ」で歌われる歌詞の中に、
  早乙女を、「植える姿は百合の花」と歌う一節があるが、
  「うんうん、本当に!」と頷きたくなるような、たおやかな姿。




御神田「その2」へ続く







2010年08月11日作成

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