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柿 も ぎ




2009年10月、
筆者は同年の夏にお約束した通り、
黒川能上座の翁太夫と三番太夫の柿もぎをお手伝いしながら、
柿栽培についてお話を伺うべく、再び庄内に向かった。

早生柿の収穫である。

天候にはあまり恵まれず、残念ながら
三番太夫さんのお手伝いを予定していた日は
雨・雨・雨…。

そういう次第で、ここでご紹介するのは、
王祇祭で「所仏則翁」を世襲で演じる釼持源三郎家の
正さんご一家にお世話になった2日間である。







源三郎家の柿の山にて。

当日、正さんは駅まで筆者を迎に来て下さったが、
筆者は(当時はまだ「脅威的」と考えられていた)
インフルエンザ対策にマスクを着用、
正さんは正さんで、すっかり日に焼けてお顔が真っ黒、
お互いに一目では相手を認識できなかった(笑)。







お話を伺ううちに、正さんの柿に対する情熱は
並々ならぬものであることが判明。
「今、日本一の柿の産地は和歌山だろ?
だから和歌山に勉強に行きたいとも思ってる」とおっしゃる。







(↑)柿もぎ用の鋏。
刃の部分が円く窪んでおり、
柿のヘタにおさまり、
きれいに実を枝から切り離せる。




   



左は釼持正さん、右は奥方の祐子さん。
お二人とも、大きな目が優しい印象のご夫婦である。
なんとなく、「バンビ」を思わせるような優しい目。








上は、祐子さんのご実家の兄上。
ご自身も農業を営んでおられるが、
この日は奥方・ご子息と共に
源三郎家の柿もぎのお手伝いにいらしていた。







収穫した柿は、まずは各人が肩から提げている袋に入れ、
袋が一杯になると黄色いコンテナ(と呼ぶのだろうか?)に
並べて収納。

…こんなふうに写真を並べていると、
筆者は写真を撮るのみで
仕事をしていないかのように思われるかもしれないが、
「猫の手」くらいにはなりたいと頑張ったつもりである。

祐子さんは、筆者が梯子に登って柿を取ることに驚いていらした。
(柿もぎ未経験の都会モンである故に、
まず何もできないと思っておられたのだろう。)

筆者としては、梯子があったことに大感謝。
ずっと上を見上げながらの収穫作業だとしたら、
変形している首の骨と神経が持たないので。

少々高めのところにある柿は、梯子に1、2段登って、
少し上から見下ろすようにして鋏を入れる。

上に紹介した、合理的な鋏を使うので、
「ヘタをボロボロにしてしまうのでは…」とか、
「うまく切れずに実を傷付けて、かえってご迷惑になるのでは…」
といった心配は無用だった。



柿畑のすぐ脇には
野菜畑もあり、
こちらでは
正さんの母上が
作業中だった。










掘り出しているのは
「ヤーコン」。
最近よく耳にする
南米原産の根菜。

…それにしても、
正さんが既に
「おじいちゃん」なので、
正さんのお母上は、
「ひいおばあちゃん」。

信じられないくらい
お元気である。




…そうして、ひと休みの時間に。
柿を食べ、お茶を飲み…

この時、筆者の柿の剥き方が異様であることが発覚。



今まで筆者は、
ヘタを中心に放射状に
四等分、或いは六等分に
カットしてから、
そのカットしたものの皮を
一切れずつ剥いていた。

だが正式な剥き方は、
まずヘタの反対側から
クルクルと、全体の皮を
剥いてしまってから
四等分なり六等分なりに
カットするようだ。




2009年の夏は、いわゆる冷夏で、
変形した柿が多いというお話は、
夏にお会いした時に伺っていた。

実際、柿畑のあちこちに、
そうした柿たちが見捨てられている。
もったいないような、可哀相なような、救ってあげたいような…

来年は、こういう可哀相な柿たちがあまり生まれないようにと
願わずにはいられない。



…さて、一息ついて、もう一仕事。







こうして初日の仕事は終わり、一行は源三郎家に戻る。

あれこれとご馳走になり…(↓)







外で働いた後の食事は、いっそう美味しい!

食べたり飲んだりしながら、正さんに色々柿栽培について伺い、
そのあと、カラオケへ。








筆者は恥ずかしながら日本の歌をぜんぜん知らないので、
正さんと祐子さんの歌を聴かせて頂いた。
お二人とも上手!

…驚いたことに、カラオケの機械は、歌の出来まで採点する。
(どの機械もそうなのだろうか?それともこのお店の機械だけ?)

お二人とも、嬉しそうな、なごやかな表情で、
まだまだ収穫すべき柿は山のようにあるとはいえ、
小さな収穫祭のようだった。


…さて、翌日は…
朝、一時的に晴れていたものの、すぐに雨が降りだした。







柿の入ったコンテナが雨にぬれないよう、覆いをかぶせる。

「雨の日はやらない」と伺っていたので、
もしかしたらこのまま終わってしまうのかな…と案じる筆者。
せっかくの機会なので、
できるだけたくさん経験したいと思っていた。

雨の日にやらないのには理由がある。
雨水と共についた汚れなどが取りにくくなる、
水気を取り除くために余計な手間がかかる、など。

だがこの日は、
早生種の次に実る柿たちの収穫時期も迫ってきているので、
雨だがこのまま続けようということに。



 上は、初日に撮った写真。
 まだまだたくさんの柿が、木の上で待っている。

 右は2日目、雨の中で撮ったもの。
 大きくて立派な、秋色に染まった柿たち。
 「早く収穫して〜」という声が聞こえてきそう。








収穫の合間に、野菜畑を案内して下さった祐子さん。
この畑は祐子さんの管轄なのだそうで、
まるで自慢の我が子を紹介して下さるように、
嬉しそうに、ブロッコリやカリフラワー、キャベツなどを
紹介してくださった。

…恥ずかしながら、筆者は畑に植わった状態の
ブロッコリやカリフラワーを見るのは初めて。
巨大な葉の中にチョコンと鎮座している姿には驚かされた。

こんなに場所をとる野菜だったのかー、値段が高いのも納得…。







雨がひどくなり、雷が大地を揺する。
以前から思うのだが、庄内の雷はスケールが違う。
天と共に大地も揺れる。
この時は遠くで鳴っているような音だったが、
それでも大地は揺れていた。

人間は、便利な道具をあれこれと作り出し、
まるでこの世の支配者であるかのような顔をしているが、
実際には、自然の力の前には為すすべもない存在だ。

いや、そもそも「自然」と「人間」を
対置して考えること自体、誤っている。

人間は自然の一部であり、その中でしか生きられない。

柿の実りという、ただそれだけでも、
それは人間がコントロールできることではない。

農業に従事されている人たちは、
自分達の思い通りにはならないことがとても多いこと、
丹精込めて育て上げたものが、
例えば一瞬の台風によって
壊滅的な打撃を受けることなどを通して、
ただ諦めるしかないことなども、
多かれ少なかれ、経験しているのだろう。
そうした経験から作られていく精神とは…


…ほんの数時間のことだったが、
雨の中で柿を収穫しながら、そんなことを改めて考えた。


天候などに左右されない、完全に人工的に管理された
野菜の「工場」なるものも作られつつあるようだが…

それは農業の解決策となるのだろうか。


…結局この日は雨がひどくなったため、少し早く切り上げ、
源三郎家に戻り、
コンテナに詰めた柿の乾燥作業に入った。








おばあちゃんが作って下さった豆ご飯など、
再び美味しいものをご馳走になった。
筆者は一種の菜食者なので、
野菜がメインのこういう食事が一番嬉しい♪


…源三郎家の皆さま、
今回の滞在では、本当に、お世話になりました。
短い時間だったとはいえ、
筆者にとっては貴重な経験となりました。


以下は、東京に戻る日の朝、黒川周辺で撮ったもの。







鮮やかな菊の花。
観賞用?
それとも食用の「もってのほか」だろうか?


この滞在の少し前、
10月のはじめに、
黒川の御宅からダンボール一杯、
「もってのほか」が届いた。

箱を開けた瞬間、ふわっと、
爽やかな香り。



お礼のお電話をしながら、
黒川ではどのように食すのか、伺ってみた。
醤油・砂糖・胡麻で味付けするとのこと。

筆者の母は「私は昔、三杯酢で食べたわ」。

そこで筆者は2種類つくり、味比べしてみた。

どちらも旨い。
お酒の粋なつまみにもなるのでは…







(↑)こちらはバスの窓から撮ったリンゴ農園の一角。
実りの秋だ。

…それにしても、帰る日に晴れるなんて、恨めしい。
三番太夫さんの御宅のお手伝いもしたかったし、
色々お話も伺いたかった…。


恨めしい思いを抱きつつ、駅に到着。


ふと壁を見ると…
いきなり、厳しい現実にぶつかる。

「必ずチェック−最低賃金631円」

この庄内滞在のしばらくあと、
筆者は静岡県の三島に
行く機会があったのだが、
たまたま駅で見た、
同じデザインのポスターにあった
最低賃金は、700円台だった。

もちろん地方によって
物価の高い安いはあるだろう。
それにしたって…

これで生きていけるのだろうか?
何を基準にこうした「最低賃金」を
決めているのだろう?



いきなり目に入ってきた現実の数字と、
今回の短い滞在で体験したこと、そして今まで考えてきたことなどが
バーッと頭の中に広がり、
複雑な思いで東京までの帰路を過ごした。








東京に戻り、数日後、
正さんから、たくさんの立派な柿が届いた。

黒川から届く柿は、いつも特別な思いと特別な感謝で頂くが、
今回の「特別」は、いつもとはちょっと種類が違う。

この中には、筆者が収穫した柿も入っているかもしれない、
という身近な感じ。

たったの2日間だったが、自分が実際に関わってみると、
当然といえば当然だが、
いっそう身近に、いとおしささえ感じられる。

ツヤツヤと、きれいな秋色の柿を手に取り、
撫でながら、あの2日間を思い出す。

この子達が、
こうしてきれいに並んで箱に収まり、
世の中に旅立っていくまでに、
どれだけの時間と労力、そして情熱が注がれていることか。





その後、祐子さんご自慢のビッグ・カリフラワーなど、
たくさんの野菜やお菓子なども頂いた。
上の写真左は、カリフラワーの大きさ比較に、蜜柑を配置。

筆者はあまりの大きさに驚嘆。
祐子さんが丹精込めて
ここまで元気に育てた子供を頂いてしまい、もっけです…

写真右は、紅葉の布と合わせて、正さんの柿をモデルにしたもの。


お二人に、心から、感謝です。






作成日: 2010年01月11‐12日

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